なぜ犠牲はいけないのですか?
質問の内容と背景
犠牲は一見正しそうに思われています。自分が犠牲になって人を助けることが美談として語られることが多いですし、一般にもそのように多くの人が思い込んでいます。しかし奇跡のコースではそれはいけないと説きます。今回はそれに疑問を持たれた方からの質問です。

どう考えるか?
奇跡のコースでは「犠牲はエゴの愛だ」と説きます。我々の常識では犠牲は美しいと捉えますが、エゴの範疇ですので誤った考え方だと説きます。奇跡のコースではエゴか愛かのいずれかで物事を捉えます。エゴは分離の世界であり常に変化して欠けており罪・罪悪感・怖れにより引き起こされる体系だと捉えます。一方愛は完璧であり自由・喜び・不変・永遠であると捉えます。ですから犠牲は愛の対極のエゴの範疇ですので誤りだと捉えます。
如何すればよいか?
犠牲は自分を傷つけるので誤りです。ですから犠牲的な行動を取るにしても心は喜びを感じて行なうのであれば正しいのです。例えばボランテイアが良い例です。これを行なう人の心が自己犠牲ではなく、人を助けることを喜びとして行なうのが正解です。
注意事項とは?
自己犠牲であるか喜びであるかは、自分の心に忠実に聞いてみることで分かります。冷静に聞いてみる習慣をつけましょう!
セミナーにご興味のある方は下記リンクをご覧ください。
https://nagayama-kakushin-leaders.com/lp/businessmodel/
セミナーにご興味のある方は下記リンクをご覧ください。
https://nagayama-kakushin-leaders.com/lp/businessmodel/